コミュニケーションの内実は実は何も変わってないのではと言われた。

「ネットの普及がコミュニケーションにどのような変化をもたらしたのか」

という事柄に興味があり、卒論もそういった方向性で書こうと考えながらすでに5月になっているわけですが、実は上のような意見は、様々なところで吐かれてはいてもその検証自体はあまりされていない。ネットの普及がコミュニケーションに何らかの変化をもたらしている。と感じている人は多い。のに、ではそれは何?という問いに答えられる理論というものは、まだ体系だてられていないのかもしれない。

マクルーハン的であったり、第三の波的であったりするような「感覚の変化」というものが生じているのではないか、と僕はなんとなーく感じる。そして、そう思っている人は多いのに、「変化が生じている」という書き方をされたものが多い。どこに?とか、何に?とか、具体的な部分で示すしか説得力は無いが、具体的過ぎて理論と言えない段階の考察ばかり。僕が思いつくのも、そういった感覚の変化が状況の変化を引き起こしている、それがこれだよ!という文脈しかない。うーん。

僕はまず、「ネット」「コミュニケーション」「変化」それぞれの単語が何を指しているのかを明らかにしなければならない。特に、「コミュニケーション」がどう変化するのかを示すためにコミュニケーション論の歴史を知らなければならない。うん。

ネット上のトレンドを追いかけても理論にはならないが、トレンドを知らないとお話にもならない。やはり、切り口としては社会学的見地から若者文化を見ている人たちの論考を参考にするのが良いのでしょう。でも、もちょっとフィジカルな見方もしてみたい気もする。
よくわからん。